1992年ナビスコカップ

「日本サッカーの夜明け前でした」

1993年の日本プロサッカーリーグ開幕の前年、
「Jリーグカップ」として、冠スポンサーをつけ、
Jリーグ参加10チーム(オリジナル10)で大会が行われました。

この大会の特徴として、
試合前後半90分で決着がつない場合、
・Vゴール(ゴールデンゴール方式)
・PK戦
が行われ、
勝者には決着方法に関係なく、勝ち点4が与えられた。
さらに、90分以内に2得点を挙げるごとに試合の勝敗関係なく、
ボーナス勝ち点1もついた。
こちらも世界のサッカー界の常識を覆すスタイルとなった。

背番号も固定式で、
先発メンバーを1番から11番までとし、
交代メンバーも12番から16番までに固定された。

ある選手などは、
「背番号10番でないと出場しない、
先発でなければ、交代メンバーにも入りたくない」
と言い出す始末でした。

10チーム総当りの予選を行ない、
上位4チームが準決勝に進むわけですが、
各地で熱戦が繰り広げられ、
1試合あたりの平均入場者も1並びで、
11,111人となりました。
決勝戦のカードは、ヴェルディとエスパルス。
旧国立競技場に5万6千人もの入場者を集めました。
アマチュアリーグだった、日本サッカーリーグ時代には
予想していなかったことです。

決勝に進んだ両チームは、
監督、外国人選手ともに全員、ブラジル人で、
日本人選手のほとんどが静岡県出身でした笑

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昨日のことのように覚えています。

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